2018年02月16日

聖徳太子憲法を読む 水の時道 釈氏憲法 第十五条

水の時道 釈氏憲法 第十五条

『外道は地獄悌土を議り、之を方便の説と謂う。
復、方便の名目を議って無を謀て有りと作し、目と謂う。
又、僧に同じ見の者あり。汝、何ぞ楚撃に疎ぞ、
其れ方便の名目は小より大にゆき、
大より佛にゆくは其の階の標の名なり。
無きことを作りて是れ有るとなさば、これ偽詐にして
即ち人を欺くに非ず哉。或は偽詐を造りて説かば
天仙神鬼、何ぞ之を尊んで聖主世尊の説を崇めむ。 』

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 太子の気迫は凄いですね。
 迫力ある講話のような条文は、あと2条です。
 その後は、三波春夫の歴史観の著述がたくさん続きます。

 また来週、金曜日に更新いたします。

2018年02月09日

聖徳太子憲法を読む 天の公道 釈氏憲法 第十四条

天の公道 釈氏憲法 第十四条

『辰旦の大徳は楚經を釋くに、甚て理解し正體を失い
還って妄に寓言と成す。
佛は聖中の聖なり、何ぞ一言の虚誕を説かむや、
又、神は中の神なり。事に詰まりて造語を成すことなし。
佛説は眞實の眞なり、事の不如を説くこと無し。
頻て理解するときは妄に落む。』

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 “調子のっちゃって”ではないですが、勝手に誇張したり、脱線したりはいけない、ということですね。

 誇張や脱線から思うエピソードがあります。
 三波春夫は平成7年に、構想10年・執筆6年の2時間半の組曲アルバム『平家物語』を発表しましたが、すべて自分自身で書いた作品でした。源平時代を勉強しているうちに、遠い昔から、琵琶法師が大道芸として語ってきた「平家物語」は、聴衆にウケるためにだんだんと誇張が増えたり、真実とはだいぶ違うことも多いことがとても気になったのだそうで、三波なりに史実を目指して書きたい、歌いたい、と思って作ったものでした。なにかの折に、三波の『平家物語』、お聴き頂けましたら幸いです。

 ではまた、来週金曜日に更新いたします。

2018年02月02日

聖徳太子憲法を読む 地の徳道 釈氏憲法 第十三条

地の徳道 釈氏憲法 第十三条

『大乗には勝たる方便あり。
念佛、密呪は罪を消し大悲の妙經は樂を與うることを教う。
疎かに聞けば罪を加うるに似るも、實を念えば頗る罪を離し、
念願の因縁薫く引き、遂んで悪を改め、
善を行いて義智の道に入らしむ。
人の愚を絶つに焉にあらざれば、善に入くこと難し。
講者、妄りに説かば佛意を破らん。』

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「太子の細やかなお心遣いが」と読んでフト思いましたが、
聖徳太子は、どんなお声だったんでしょうね。

『その声は その魂の音色である』という三波春夫の揮毫が残っておりまして、
そんなことからちょっと思いました次第…。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。

2018年01月26日

聖徳太子憲法を読む 車の司道 釈氏憲法 第十ニ条

車の司道 釈氏憲法 第十ニ条

『小乗は神天を卑めて沙彌よりも輕んじ、
大乗は高地を知りて菩薩を貴ぶなり。
吾國は神國なり佛の本神あり、佛の蹟に神ましますなり。
小乗にては國を理ること能わず、
唯、大乗に學び専ら神明を貴ぶべし。 』

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沙弥というのは、仏門に入って正式の僧になるために修業中の人、のことだそうです。

ではまた、来週金曜日に更新いたします!

2018年01月19日

聖徳太子憲法を読む 日の主道 釈氏憲法 第十一条②

日の主道 釈氏憲法 第十一条②

 そう言えば、釈迦やキリストも数々の奇跡を起こしたことが伝えられています。きっと釈迦もキリストも凄い超能力者であったのでしょう。

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太子が飛んで行かれたところって、どんなんだったか。
見てみたかったです、ね…。

三波春夫は歴史上の偉人を「長編歌謡浪曲」に書きましたが、
『歌になる人物、ならぬ人物があります』と話していました。
この意味の中には、人物の、ココ!という要点を濃く短くバッチリと描けるかどうか、ということがあります。
その点で、徳川家康は歌に書かなかった、と話しておりました。

聖徳太子も、長編歌謡浪曲にはならない人物でしたでしょう。
“超編”と付けて、通常ではない雰囲気でなら、だったでしょうか。笑。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。

2018年01月12日

聖徳太子憲法を読む 日の主道 釈氏憲法 第十一条①

日の主道 釈氏憲法 第十一条
『大藏に雨を請い、晴を請い、災を伏し、亂を治める修法あり。
賢僧、之を修うときは驗なすこと、世世以て證あり。
是れ悌典は、
天を服え、神も歸し、龍も服い、鬼も降すの霊證あり。
或し證者なくば何を以てか、幽地を説き其の賓を見わさん。
効驗の有無は憎者の徳にあり。』

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新しい年となりました。
この一年が良いお年となられますよう、お祈り申し上げます!!

年初のブログにふさわしく ?!、スペクタクルなワザのお話でした。
人の力は、自分自身で良い方向へ磨いていけば、大いなる可能性があるということでしょう。
がんばりましょうー。笑。

本年もどうぞよろしくお願い致します。
ではまた来週、金曜日に更新いたします。

2017年12月22日

聖徳太子憲法を読む 花の事道 釈氏憲法 第十条

花の事道 釈氏憲法 第十条

『佛典は冥府の體を明らかに為す。
悪業の報の由を明し、不義は教化を絶つと雖も
能く知るときは悪事を離れむ。
又、佛界の妙境を明め善因慶果を明らかにす。無知の者は、
學習を斷つと雖も能く聞くときは願って善を行う。
僧者は妙經を妄に説いて寓言となら令るなかれ。』

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仏教の教えの真髄をお坊さんご自身がガッチリと掴んで、
人を指導してくださる、と幸い。
その道を究めて、頑張って頂きたいです、ね。
本年のブログ更新は、本日までとさせて頂きます。

次回は1月12日(金)に更新します。

年末年始をお元気でお過ごしくださいませ!!

2017年12月15日

聖徳太子憲法を読む 龍の謙道 釈氏憲法 第九条

龍の謙道 釈氏憲法 第九条

『一佛に歸し一法に依れ、悉く地と成すは是れ佛典の一儀なり。
是を一行三昧と名う、
及ち虚妄にあらず又、大道にあらず。
釋學に於いては道となさず、王道に於いて利あらず。
佛は聖中の聖なり、我の卑道なく、
法は公中の公なり、私の小理なし、
僧は君中の君なり、俗の野行なし。
而して己は諸悪を作すこと莫く、衆に善を行い奉りて、
自ら其の意を浄める這の教えこそ大道なり。
大道は當に總別はーなるも行を好く訓うべし。』

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太子憲法は、神職にも僧にも、人間として高く尊い生き方をするようにと書かれていますよね。
人を指導するお仕事の方々には、ぜひぜひ、この憲法を読み直して頂きタイ!などと思ってしまう今日この頃です。

ではまた、来週金曜日に更新いたします!

2017年12月08日

聖徳太子憲法を読む 契の信道 釈氏憲法 第八条

契の信道 釈氏憲法 第八条

『僧となりては深しく古佛の在處を尋ね見よ。
報ゆるに佛の報土無きことなし、或は理解して他に古佛なく
自らの性の是れなりと謂う。又、佛は是れ理の名にして
其の人無しと謂う。
若し成佛の人なくば汝悟りて何者とならむ。
又佛の感應あるも諸、理のみ何ぞ感應を作さんやと謂う。
是、因果撥無の見のみ須く信に住りて
諸佛三身の境界を見るべし。』

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生きた学問。
三波春夫の学び方も、それだったかと思います。
学歴は小卒ですが、その後、社会に出て働きながら独学で学び、先輩や年長者から聞いたことを消化して深く覚え、自分の経験から学んだことを日々磨く。
それを生涯ずっと続けていた人だったと思うのです。

そんな生涯を、明日の夜、BSフジ「歌藝一代・三波春夫 国民的歌手の真実」でご覧頂けましたら幸いです

ではまた、来週金曜日に更新いたします。

2017年12月01日

聖徳太子憲法を読む 冠の位道 釈氏憲法 第七条

冠の位道 釈氏憲法 第七条

『僧は内に三賓を住めて體とーにし、外には住持の三賓に事えよ。
心に倦まず身を惜しまず晝夜に勤みて時を移さざれ。
ああ民庶は農に勤み僧に與う。僧は之を食んで勤めざれば其
の罪、遯れる所なし。僧者罪を怖れざれば、檀越の罪を遮る所
なし。』

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この条文の真理は、僧でなくても、どんな仕事でもソウだと思いました。
ダジャレで、すみません~。

では、まじめに、また来週金曜日に更新いたします。