2016年12月09日

聖徳太子憲法を読む 冠の位道 儒士憲法 第八条

冠の位道 儒士憲法 第八条

『大學を講ずるに、主上に非ざれば平天下を唱うる莫かれ。
宰職に非ざれば治國を説かざれ。恐らくは、庶民をして州邦を望ませしめ、造士をして天下を望ましめん。
これを齋元を破り、寶祚を危うくせむ。吾國の法は欲なく邪なきなり。其の望みを促す誨は悉く停止せよ。』

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平和の尊さ、自由の尊さをしっかりと感じ考え、
各々が、これらを失うことのないように守る気概を持たなければならない、ですね。

さて、13日の20時からはBS11「あのスターにもう一度逢いたい」の三波春夫特集を、どうぞご覧ください!

ではまた、来週金曜日に更新いたします。

2016年12月02日

聖徳太子憲法を読む 冠の位道 儒士憲法 第七条

冠の位道 儒士憲法 第七条

『儒を學ぶ者は異國園を貴び、異の先王に歸す。
故に吾國を卑しめ吾が先皇を放す、是れ唯異法を知りて
吾を知らざるに依るなり。
異王、吾に讐せば必ずや彼に黨を計らむ。
故に學を為さば先ず、吾の儒を學びて吾が先皇を知れ。
何ぞ誤りて自らを棄て他に憑らしむるや。』

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今こそ、胸にズシンと来る内容です。
…聖徳太子がその当時に書かれたものなのに、と、あらためて思います、ね。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。

2016年11月25日

聖徳太子憲法を読む 竹の官道 儒士憲法 第六条

竹の官道 儒士憲法 第六条

『儒の由るところ身を修むるのみ。
上古は、易暦遁甲あって修め、
中古は、本草内經あって修め、
下古は、詩書禮樂あって修む。道徳無為にして三古にわたり、
上は神を煉り眞に致り、中は心を煉り至に致り、
下は理を練り聖に致る。頃の儒は三皇を捨て三子を執る
此の間に偏我ありて、仁者の眉を密る所、
智者の唾を吐く所にして其の練る所を失う。
尚、遠きに下って當に、詩書禮樂を棄て、唯、理を後儒の
佞子に取り、周孔、於りも崇び道の廢れ制えられず。』

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何事も、ハショってはいけないのですね。
学ぶ順序を端折ってしまっては、身に付いた気になっていても、偽物なんでしょうね…。

ではまた、来週金曜日に更新いたしますが、思えば来週は師走になりますね。

気忙しい季節、どうそご自愛くださいませ!!

2016年11月18日

聖徳太子憲法を読む 鏡の智道 儒士憲法 第五条

鏡の智道 儒士憲法 第五条

『學問は是れ習いてさとるのみ。
學ぶに先聖の蹟に習い、問うに先聖の理を?にす。
文以て之を乗せ、 或は蹟をすて、理を取り之を用いるを學と謂う。
蹟なきの理は空理。理なきの文は空文。
なんぞ周孔の道となさむ、故に人の先にありて人従わず或は従えども利なし。 』

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自分が携わっている仕事や活動において、先人が開拓したことを見直してみて気付くこと、身に付くことってありますよね。
先輩の志を引き継いで工夫を重ねて、夢を実現させてゆく…。
それがいくつも出来たら、素敵です!
私めも、「三波春夫」の思いを継いでガンバルゾ、です。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。

2016年11月11日

聖徳太子憲法を読む 臺の政道 儒士憲法 第四条

臺の政道 儒士憲法 第四条

 『儒は是れ博識強記なり。
是れ致知機物を要とす、其の要は夫子の一貫たり。之を得るは則わち道なり。其の體は明徳。其の位は中庸。其の蹟は忠恕。曾子の忠恕を謂うは、空を謂うに非ず。王者は、尭、瞬、禹を師となし、臣者は周、孔、孟を師とせよ。
學ぶ所は徳にあり、故に徳なき賓は師となすに足ず。』

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徳のある人…。そうですね、いらっしゃいますね。
徳ですからね、得のある人、じゃないですからね。笑。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。

2016年11月04日

聖徳太子憲法を読む 月の禮道 通蒙憲法 第三条

月の禮道 通蒙憲法 第三条

 『儒の學は禮樂にあり。禮は人の儀を道め樂は人の和を調う。
 禮を學んで天の節文に諧い、
 樂を學んで天の運度に諧う。
 我を節するは禮なり、是れ儀は天にありて即ち我にあり。
 我を節するは樂なり、是れ調は天にありて即ち我にあり。
 禮樂、天我、皆教えはーなり。維則ち一に至る道なり、
 是れ人倫の常たるを訓え、纔にも撩る則は禮にあらず、
 何ぞ道にあらむ。』

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礼節と、人との和。
大人として大事なことが、今の時代、だいぶ軽視されていますね…。
憲法条文とはいえ、ホント、深くて厳しいですよね。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。

2016年10月28日

聖徳太子憲法を読む 斗の順道 儒士憲法 第二条

 斗の順道 儒士憲法 第二条

 『儒の宗と為すは、理を天極に取り、法を天度に尋よ。
 是れ古の聖は學を河洛に立て、天を崇め神に通す、
 人は天地の霊に曉る所以以て人倫と和し日用に應う。
 或るいは、天を捨て唯、日用と云い、神を捨て純ら人常と云うは
 學あって治むること無し、近きに似るも即ち遠からむ。』

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 三波春夫で「神」となりますと、”お客様は神様です”の言葉を思い起こす方も多いかと…。
 この言葉の真意は、「歌うとき、あたかも神前で祈るときのように雑念を払って真っさらな心にならなければ、完璧な歌は歌えないのです。ですから、私はお客様を神様とみて、歌を歌うのです」という意味で、歌手としての思いが表れた言葉です。この言葉の中の”お客様”は、お店のお客様ではなく、三波春夫の歌を観て聴いていらっしゃる客席のお客様のことです!! 詳しくは、ホームページの「”お客様は神様です”について」にて、また、三波美夕紀著『昭和の歌藝人 三波春夫』に記載がございますので、ご興味アリの場合はご覧くださいませ。

 さて、「三波春夫没後十五年企画 山内惠介 市川由紀乃 三山ひろし スペシャルコンサート」は、25日に初日を迎え、本日は神戸国際会館。来週は4日に香川レクザムホール、5日に岡山市民会館に参ります!お近くの皆様、ぜひお出かけください。

 では、また来週金曜日に更新いたします。

2016年10月21日

聖徳太子憲法を読む 琴の和道 儒士憲法 第一条③

琴の和道 儒士憲法 第一条③

 次の”君臣に義あり”は、現代社会の会社組織に当てはめてみますと、松下幸之助氏の話の中に、

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“人間社会に生きる者として、立派な行いをしなければならない”…。
シ、シビレますねぇっ。笑。
たしかに、正々堂々、明快な気持ちで日々を過ごしたいものですし、
それが、リッパに、通じることだと思います。

夫婦の話がありましたが、エピソードをひとつ。
ある時、父が、ご結婚カップルへの祝電を打った中に、このような言葉がありました。

『愛の深さとは、時間の長さです』

“だから、長い人生を二人でね。山や谷は二人で一緒に越えるんだぞ、と努力していってね”という思いをこめたのでした。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。

2016年10月14日

聖徳太子憲法を読む 琴の和道 儒士憲法 第一条②

 琴の和道 儒士憲法 第一条②

 また、五倫という意味は、人生五つの道あり、と説いた孟子の教えによるものです。

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1923年生まれの父が育った時代は現代よりも、親が親であった時代だったでしょう。
今の煩雑な世の中であっても、辛抱努力、がんばりましょう…。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。

2016年10月07日

聖徳太子憲法を読む 琴の和道 儒士憲法 第一条①

 琴の和道 儒士憲法 第一条①

『儒はこれ五常の宗、五倫の源なり。
五常は身を修め倫を理す、
五倫は身を立て世に達す。
人、之を學ばざる則は禽獸の消息に落ち、永く君子の
威儀を失なわせむ、其の學ぶ所は人の和を先とすべし。』

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  五常は、いっぺんに出来な~い!です。(笑)
先日、父のお知り合いでもあった方から、「お陰様です、という考え方が出来るのは、日本人独特の長所」という話を伺いましたが、 “おかげさま”という心持ちを忘れなければ、五常に近づく早道かもしれない…と思いました!

  ではまた、来週金曜日に更新いたします。