2018年09月21日

聖徳太子憲法を読む 隠された古代日本史 語り部 稗田阿礼の正体は①

 『日本書紀』の製作は大変な作業だったでしょうが、本当の歴史についての記述は希薄でした。そのため、『日本書紀』が十巻まででき上がったのを御覧になった持統女帝がびっくりされて、『亡き夫君の天武がこんな歴史書を作れとおっしゃったはずはない』と、太安万侶に『古事記』の作成を命じられる運びとなりました。

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むか~しの出来事ですが、解明された事実を知ると面白いですね。

この続きはまた、来週金曜日にアップいたします。

2018年09月14日

隠された古代日本史 日本書紀と古事記④

 私が平成六年に組曲として「平家物語」を発表するまで、六年間にいろいろと研究したのですが、清盛という人も英雄であり大政治家でした。朝廷権力を民間の手に移したその大きな仕事は、現代に続いているわけです。

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「前例のとおりに」や「慣例ですから」と言いながら、物事を運ぶ流儀の人もおいで
になります。
しかし、それではいつの間にかに、人として本当にやらなければならないこ
とを置いてきぼりにすることになるのではないか…というのが、三波春夫の考え方で
した。
分かっているのに見ない振りをして自分に嘘をつくこと、は、出来ない質で
した。
ですから、白河天皇、平清盛が真実を求めたことを、「いいなぁ」と思って
ご紹介したのでしょう。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。

2018年09月07日

隠された古代日本史 日本書紀と古事記③

 第七十二代白河天皇は歴代の中でも特に秀れた文化人でした。 勿論、政治に対しても熱心に当たられました。話が少々それますが、平清盛がこの天皇の御落胤であることは、当時からすでに有名でした。

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「白河天皇」の話になりましたが、記紀との繋がりがあるのでした。
それはまた、次回に!!

来週金曜日に更新いたします。

2018年08月31日

隠された古代日本史 日本書紀と古事記②

 一番びっくりするのは、天照大神(日霊女)と素佐之男尊を姉と弟にしてしまい、その揚げ句に姉弟が契約して三人の姫君を産んだと書いたのです(宗像三神の姫神)。

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三波春夫の最後の著書『熱血!日本偉人伝』の最終章は「スサノオと日霊女」です。
そこに書かれていることを要約しますと、
“スサノオの時代は縄文時代末期からやがて弥生時代となり、稲作の時代となります。この稲作のための水耕田の技術、養蚕などの新知識を持って、呉の国から九州・日向の国に渡ってきたのが「天(あめ)」という一族。このリーダーが日霊女でした。出雲のスサノオは、水耕田の技術等を求めて軍を率いて日向の邪馬台国に乗り込みますが、日霊女は平和の道を選び、ふたりは共に歩むことになりました”ということだそうです。神話ではない、人の歴史ですね。
『聖徳太子憲法は生きている』では、もう少し後にスサノオの活躍ぶりが書かれておりますので、お楽しみになさってください。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。

2018年08月24日

隠された古代日本史 日本書紀と古事記①

 『日本書紀』は、天武天皇十三年(西暦六八四年)に編纂の勅命が下り、十四人の編集委員が作業に入りました。それから八年後に、持統天皇の勅命によって太安万侶が『古事記』を書き始めました。

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次回はその“作り話”のご紹介をば!

ではまた、来週金曜日に更新いたします。

2018年08月10日

隠された古代日本史 歴史書は勝者の手で作られる⑤

 大海人皇子が天武天皇となられたのですが、少し謎めいたお方です。とても強気な天皇は御在位十三年のうちに何か残さなければとお考えになったのでしょう。『日本書紀』の編纂を命じられました。編集委員は十四人が任命されたと言いますが、どんな学者たちだったのでしょうか。

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次回からは、「日本書紀」「古事記」の話に入ってまいります。
来週はお休みさせて頂いて、次回の更新は8月24日です。

よろしくお願いいたします!!

2018年08月03日

隠された古代日本史 歴史書は勝者の手で作られる④

 さて、天智天皇が崩御されると、権力争いが過熱しました。

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甥っこを叔父さんが…、なのですね。
この叔父さん・天武天皇については、次回に続きます。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。

2018年07月27日

隠された古代日本史 歴史書は勝者の手で作られる③

 天智天皇が、百済救援軍二万七千人を出征させたのは、現代人にとっては謎とも言えるでしょうが、当時の日本人と百済人は同族の意識を持っていたのだそうです。

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チョッと為になる、くだらなくない、お話でした。笑。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。

2018年07月20日

隠された古代日本史 歴史書は勝者の手で作られる②

 そのときに、外敵の来襲に備えて四国の屋島に城を築いたり、 対馬には金田城、大和の本拠地には高安城を構築するなど、軍事工作に力を注ぎました。また、日本海側には、現在の新潟県三島郡寺泊町の辺りや新潟市の沼垂に渟足柵(蝦夷進出のための砦)を作らせ、更に村上市の岩船辺りと推定される場所に磐舟柵も築かせたのです。

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前回、天智天皇が百済救援で27,000の兵を出したけれども新羅&唐連合軍に敗れた、とありました。
その後に、外壁を作ったのは、現代の私たちも頷ける場所ですね。“地政学”は肝心です。
なお、沼垂はヌッタリ、渟足柵はヌタリノサク、磐舟柵はイワフネサク、と読むそうです。

ではまた来週、金曜日に更新いたします。

2018年07月13日

隠された古代日本史 歴史書は勝者の手で作られる①

 世界を通じて、勝者、すなわち権力の座に就いた者によって 歴史書が作り出されて来ました。

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これから、権力争いの歴史は続きます。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。