2016年09月30日

聖徳太子憲法を読む 儒士憲法十七条④

儒士憲法十七条④

 弟の自殺を知った兄君の驚きと哀しみは、どれほどだったで しょうか。兄君は涙の中で即位され、第十六代仁徳天皇となられました。そして、弟皇子の住んでおられたところに神社を建立、弟皇子の名にちなみ「字治神社」と名付けられました。お茶で名高い宇治市という名は、この皇子の名前に由来します。さらに四国へ行幸されたとき、高松市に鶴尾神社を建てて弟君を祀ったのを筆頭に、日本各地に身を捨てて長幼の序という人倫の道を貫いた皇子の神社が建てられました。

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 末子相続とは?が、本日説明されました。
 この本を書いた頃、永さんと父は度々お仕事を御一緒していたのですが、雑談はすべて歴史や日本文化についてでした。
 永さんが知らないことを父が説明し、上記の本文のようにその逆もあり。アカデミックな友人関係でございましたー。

 さて、
本日30日の読売新聞夕刊に、「三波春夫」についての記事が掲載されます。

 そして、来月6日の深夜といいますか「7日の3時台」ですが、NHKラジオ「ラジオ深夜便」で、三波春夫の歌がたくさん放送されます。 起きてますよー、というご状況でしたら、どうぞお聴きくださいませ!

 次回はまた来週、金曜日に更新いたします。

2016年09月23日

聖徳太子憲法を読む 儒士憲法十七条③

儒士憲法十七条③

 さて、時代はずっと後のことになりますが、十五代応神天皇は、百済から帰化した王仁博士を、次男で末子の皇太子・菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)の学問の師とされました。しかし、そのために大変な事件が起きてしまいました。

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 このあとの展開は、来週金曜日の更新までお待ちください!

 では、よろしくお願い致します!

2016年09月16日

聖徳太子憲法を読む 儒士憲法十七条②

儒士憲法十七条②

 この地に根を下ろすにしても、民族の風習は意識して守っていたのは新旧ともに同じでした。

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 なぜ末子相続とされたのか、の理由は後述がございますのでお楽しみに!
 各地からいろいろな民族が渡来してきた日本列島。だからこそ、皆でうまく暮らせるように”和を以って貴しと為し”の精神を基本として、心遣いしながら生きて来たのだ。と、聞いたことがあります…。
 皆が皆、心遣いと気遣いを持つ余裕があったらいいです、ねぇ。

 ではまた、来週金曜日に更新いたします。

2016年09月09日

聖徳太子憲法を読む 儒士憲法十七条①

儒士憲法十七条①

 儒士とは儒学を教える人たちのことです。日本に儒学が伝えられたのは太子の時代よりずっと以前のことで、太子憲法が発布されたころにはかなり普及していました。そのため、こうした憲法が必要になったのでしょう。

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 儒士憲法の条文のご紹介に入る前の、解説の始まりです。
 今回を含め、4回にわたって解説を掲載します。

 さて、9月15日深夜(日付は16日ですが)午前1時台、NHKラジオ『ラジオ深夜便』にて、”三波春夫”を三波美夕紀がお話させて頂きます。
 ご都合が合われましたら、どうぞお聴きくださいませ。

 次のブログ更新は、その16日金曜日です。
 よろしくお願い致します!

2016年09月02日

聖徳太子憲法を読む 鼎の法道 政家憲法 第十七条②

鼎の法道 政家憲法 第十七条②

 ここで私は江戸時代の終わりに大活躍をされた二宮金次郎尊徳のお言葉を思い出します。校庭の銅像でおなじみの金次郎少年が、成人してどんな働きをされたのか。ほとんどの日本人がこの偉人の業績を知らないのは、教えることを忘れた教育界の責任ですが、あの銅像は薪を背負って売りにゆく姿と、肩の荷を下ろしてこんどは本を読みながら帰る姿を一個の芸術品としたわけですが、この方は物凄い勉強家でした。

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二宮金次郎像は、そうなんですよね、
★薪を背負っている働く姿
★本を読んで勉強する姿
を同時に表現しているので、「歩き読みをしているのか!?」という銅像なのですね。

このことを、父がトークショーのステージ上で永六輔さんに説明しているのを観て、初めて知りましたが、永さんも初耳だったようでした。
18年ほど前のことでした。
報徳仕法については、三波春夫の著書『熱血!日本偉人伝』にも詳しく書かれています。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。

2016年08月26日

聖徳太子憲法を読む 鼎の法道 政家憲法 第十七条①

鼎の法道 政家憲法 第十七条①

  『政は學非らざれば立たず、學の本は儒釋神なり。
  然るに、其のーを好む者は、各其の二を悪い、
  而も其れ在ることを妬み其の亡ぶことを欲う、
  これ我が知るを理となし知らざるを非となす所以なり。
  故に、政者は宜しく三に通じて、一を好むべからず。
  其の、一を好むことを成す者は、恐らく、政を枉げん。
  政を枉げる則は、王道廢れ騒動發らむ。 』

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宗教・考え方など、ただひとつのみを盲信しすぎると、他を認めなくなるものですね。大きく広い心持ちで、いろいろなことを見聞きして、生涯が勉強、なんですよね。

三波春夫の解説の続きは、また次回に。
来週金曜日に更新いたします。

2016年08月19日

聖徳太子憲法を読む 龍の品道 政家憲法 第十六条②

龍の品道 政家憲法 第十六条②

 太子は、歌舞音曲は人間社会に絶対に必要なものであると考え、奈良県三輪桜井に「土舞台」という名の屋外劇場を作り、上演のための大道具・小道具の工房も設けました。そして、百済の帰化人で大名人と称された、味摩之・己中芳・加多意を教師にすえて、全国から美男子を集め、歌や踊り、芝居、音楽を習わせたのです。

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 三波春夫はラストに、先週ご紹介した条文の一つの”藝を競い見せる者は、問い習い繰り返し、練り考えて投げ出す事を知らず”について書いています。この、投げ出さずに努力する根性が肝心なのは、どんな仕事でも、なにをするにしても、いつの世でも真理ですね。リオ五輪の選手の姿を拝見しても、感じられますね。

 暑さが厳しいですが、日々、ガンバリましょう!

 次回は、来週金曜日に更新いたします。

 そして、お知らせです。
20日に発売される「月刊カラオケファン」10月号には、『三波春夫、ここにあり!』という特集が掲載されています。
ぜひ、お買い求めください!

2016年08月05日

聖徳太子憲法を読む 龍の品道 政家憲法 第十六条①

龍の品道 政家憲法 第十六条①

『兆民は政を畏み、誠を止として欺くこと無きなり。
農者は、耕し培いやしなって稼ぎ休を知らず。
工者は、法に存め美ものを作り厭を知らず。
商者は、駄に荷をのせて渡り歩き倦を知らず。
蔓者は、問い習えし練り案えて投を知らず。
於て慣みて御令に盡くし、命用に於て勤め盡くさせるべし。 』

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現代の世の中でも言えましょうね。
自分の人生を一所懸命生きること!ですねっ。

上記の、「三波春夫の解説」には続きがございますが、
来週金曜日の更新はお休みを頂戴し、次回の更新は19日(金)となります。
どうぞよろしくお願い致します。

2016年07月29日

聖徳太子憲法を読む 水の時道 政家憲法 第十五条

水の時道 政家憲法 第十五条

『造士は政を蒙らばこと敬を止として、以て高こと無かれ。
學を為すに、之の理に止まりて忠征を以てせよ。
忠はこれ、仁にして己なく、征はこれ、義にして貧なし。
以て、叛逆と好を同ばざれ。己の恨みを以て、
敵と戦わざれ。勅命の於て進み退き、忠義に生死せよ。』

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「心の美しさ」、忘れたくはないことですね!

ではまた、来週金曜日に更新いたします。

2016年07月22日

聖徳太子憲法を読む 天の公道 政家憲法 第十四条

天の公道 政家憲法 第十四条

『王者、政を為すは吾れの政にあらず是れ天の政なり。
 宰職、政を奉るは吾れの政にあらず是れ帝の政なり。
 吾れに非ざるを以て吾れに非ずと為し、
 敬みを致し誠を致すときは己なく罪はなし。
 吾れに非ざるを以て吾れに有りと為し、恣に作い卒り作すときは、
 上の一の恣下っての千の痛みと成り、
 上の一の卒降って下の萬の困みと成る。
 災は是れ自ら起る。』

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 ラストの方の「役人たちの一つのタワケゴトが、万人の苦しみとなる」は、今、目立って見える一文ですね。
 タワケゴトをしている自体に腹が立つ上、マスコミを通じて毎日毎日繰り返して聞かされ、見させられるのは、ホント苦しいですよねぇ!
 皆様、まっすぐ生きて、仕事して頂きたいぞ!です。

 ではまた、来週金曜日に更新いたします。