2017年02月24日

聖徳太子憲法を読む 水の時道 儒士憲法 第十五条③

水の時道 儒士憲法 第十五条③

 後に日霊女女王が天照大神と尊称されたのは、神武天皇のお祖母さまで皇室の御先祖に当たるからですが、饒速日尊の娘・ 伊須気依姫が神武天皇の皇后となっておられますので、この御祭神も皇室の御先祖です。現に宮中祭記の行事の中には命日の十一月二十二日の夜、この尊の御魂を鎮めるお祭りがあるそうです。

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遥かな昔といえど、そこに人が生きて暮らして、代々の歴史が築かれて来たのですよね。
三波春夫いわく、「歴史とは、どこを切っても人間の血が噴き出すもの」。
歴史に大いに学びましょうよ、と、本を書いたのでした。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。

2017年02月17日

聖徳太子憲法を読む 水の時道 儒士憲法 第十五条②

水の時道 儒士憲法 第十五条②

 では、ここで少々、大物主という人のお話を致します。

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天照国照大神彦天火明奇甕玉饒速日尊は、あまてらす くにてらす おおかみひこ あめのほあかり みかくしだま にぎはやひのみこと と読みます。
この続きの解説は、次回に続きます。
また来週金曜日に更新いたします。

来週21日夜のNHK「うたコン」では、三波春夫の長編歌謡浪曲『元禄花の兄弟 赤垣源蔵』を山内惠介さん、三山ひろしさんがお二人で歌い語られます。

ぜひご覧ください!

2017年02月10日

聖徳太子憲法を読む 水の時道 儒士憲法 第十五条①

水の時道 儒士憲法 第十五条①

『後儒は神を陰陽の霊と謂う。
故に常の弱に鎮座することなしと云い、又、
魂は氣血の精なりと謂う。故に議りて死魂は散滅すと思う。
是れ人間の理量にして、神悌仙の見知に非ず。
鎮座を無みする則は、三輪 五瀬の立つ所を知らず。
魂、散滅する則は芳野、蒐挟、ここに何ぞ立たむ。
然るときは神に誓い、祇に服うも並び立たず。
政は其の堅きを失わむ。 』

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このように、神様、御霊の在り方などが太子憲法に明記されているのですね。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。

2017年02月03日

聖徳太子憲法を読む 天の公道 儒士憲法 第十四条

天の公道 儒士憲法 第十四条

『學を為す者は須らく先儒に學んで後儒に依らざるべし。
先儒は鬼人に見えて黄泉を知る。これ古史の載する所なり、
故に人は伏って逸ならず、吾が神に背かず。
然るに後儒は鬼を歸と曾わせ野土と謂い、神を申すと解き空虚と言う、
未だ歸極の鬼と申と元神を察かにせず。
しかも大いに鬼魂冥府を發く。ああ、唯古史を破るのみに非ず。
天有を破り、人極を破り、鎭實を破り、政元を破る。
是れら傍に排けて政を顧みざるなり。』

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「もともと」のもの、が、そのままに伝わるのは、とても難しいと思います。条文の大きなテーマから、急にワタクシゴトになりますが、私が『三波春夫』を皆様にお伝えする仕事をする上でも、よくそう思うのです。お伝えする機会ごとに、許される範囲で私が監修させて頂くのは、ウソやマチガイが伝わってゆくのを防ぐためです。ですから、三波春夫の歌藝を知って頂くために働いて貰っている「ハルオロイド・ミナミ」の歌についても、エクシングのスタッフと、テイチクの三波春夫担当のディレクターと私で、『三波春夫』を伝達出来るクオリティーにこだわって、制作しております。しかし、これも時間が限られたことでございますが…。
どんなことでも、改ざんされる以前のものに触れ、知っていくべきだと実感します。

そして、関連させてお知らせします!
三波春夫の「長編歌謡浪曲」を歌い継いでくださるので、私もアドバイスさせて頂いている歌い手さんが、5日夜のNHKBSプレミアム「新・BSにっぽんの歌」で、「長編歌謡浪曲 元禄名槍譜 俵星玄蕃」をフルサイズで歌われます。
ぜひ、ご覧ください!!

ではまた、来週金曜日に更新いたします。

2017年01月27日

聖徳太子憲法を読む 地の徳道 儒士憲法 第十三条

地の徳道 儒士憲法 第十三条

『古儒は知りたるなり。
天に帝神ありて變あり、地に后衹ありて化あり、
人に霊魂ありて奇あり、物に精霊ありて怪あり。
皆天有なり、聖人は天有を立て人常を治む、
故に泰平を致して宗源に差わず。
頃の儒は神佛の通妙を損て虚す。
又、有に如って有りと為す則は、法も立ち人も伏がわむ、
有を劫めて無しと為す則は、法も揆れ人も逸ならむ。
故に皇制を弱め神力を抜く、
是れ政を知らず、只己を立てるなり。』

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三波春夫の神仏への心構えは、「敬って恃まず」。
敬うけれどもアテにしない、自分の人生は自分の責任、というものでした。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。

2017年01月20日

聖徳太子憲法を読む 車の司道 儒士憲法 第十二条

車の司道 儒士憲法 第十二条

『神在ますが如しと謂うはここに亡きを以て、
ここに在りとなす句の氣なり。
是れ幽精冥霊を紫に歸し黄に歸すを祭る國の方なり。
吾國は、天降ります神、地生れます衹。
開闢このかた鎮座すは、幼児と雖も知らざることなし。
頻説施さば、恐らく鎮座を疑わしむ。
齋元国に於いて講説すること勿れ。』

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自分の国の元々からの姿勢は、そんなの古いよ~と言わず、知っておくべきで、それを学んでおこうという意識は大事。
そういう考え方を、父はしておりました。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。

2017年01月13日

聖徳太子憲法を読む 日の主道 儒士憲法第十一条

日の主道 儒士憲法第十一条

『孔子は怪力亂神を語らず。
其の欲む所は、常道の治倫にある故に語らず。
是れ異儒なるのみ。
吾國は彼の方と同じからず、怪は神の功用なり。
説かざるときは神徳を無みせむ、神は吾國の徳盤なり。
説かざるときは齋元を無みせん。強いて此の句に依る者は
吾國の罪人なり。』

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本年第1回目のブログです。
この1年も、よろしくお願い致します。

小学館文庫から1998年に発刊された三波春夫の著書『聖徳太子憲法は生きている』をご紹介していますが、本日は、「通蒙憲法17条」「政家憲法17条」につづく「儒士憲法17条」のうちの第11条です。
本日の条文も、聖徳太子の作られたもので当時のものですが、父の解説にありますように、現代だからこそ、素直に深く読み取りたいものだと思います。

ちょっと非日常で、ムズカシイ条文を、また来週からご紹介して参りますが、お読み頂けますようお願い申し上げます!

ではまた、来週金曜日に更新いたします。

2016年12月23日

聖徳太子憲法を読む 花の事道 儒士憲法 第十条

花の事道 儒士憲法 第十条

『異國を撃つは孔子より言あり。
孟子に於いて名あるは、是れ聖道に於いて害あればなり。
楊墨苟告は其の人なり。未だ曾て黄老西方に及ばず。
今の凡儒は恣逸にして、必ず黄老佛神に及ぶこと
孟子に足らざること無し、外に眞至佛神までも撃つ、
即ち聖を破り、政を破る。その罪、叛逆よりも甚だし。』

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立派な条文、儒士の話のあとにナンですが、
他人をソシルのは、自分にきちんとした自信がないからではないか。
人には優しく、自分には厳しく、を自戒しなければ、ね!
というようなことを、父と話したことがあります。

新しい藝の形を追求していて、作品づくりをする日々で、父は、孤高であることを良しとすることも必要だったかと考えます。
心が強くないと、やり抜けないことであったろう、と身びいきで思う私です。恐縮です。

そういう、三波春夫の歌藝の宣伝マンでもあるハルオロイドが来週あたりに、音頭風「PPAP」をリリースします。

なかなか面白いんですよー。
You Tubeで、ご覧になってください!

さて、本年のブログは本日までとさせて頂きます。
この1年も、お読みくださいまして、ありがとうございました!!
来年は1月13日にスタートします。
よろしくお願い致します。

良いお年をお迎えくださいませ!!

2016年12月16日

聖徳太子憲法を読む 龍の謙道 儒士憲法 第九条

龍の謙道 儒士憲法 第九条

『儒士は湯武を以て聖となし師となす。
異國は理を尊ぶが故に咎なくも、吾國に臨みてはこれ齋元の
罪人なり。齋元の法を尊び、君の理を立てざるときは、
寶祚を危うくし以て天をも亡ぽすに當るなり。』

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国の文化の違いは、永遠に課題ですね。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。

2016年12月09日

聖徳太子憲法を読む 冠の位道 儒士憲法 第八条

冠の位道 儒士憲法 第八条

『大學を講ずるに、主上に非ざれば平天下を唱うる莫かれ。
宰職に非ざれば治國を説かざれ。恐らくは、庶民をして州邦を望ませしめ、造士をして天下を望ましめん。
これを齋元を破り、寶祚を危うくせむ。吾國の法は欲なく邪なきなり。其の望みを促す誨は悉く停止せよ。』

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平和の尊さ、自由の尊さをしっかりと感じ考え、
各々が、これらを失うことのないように守る気概を持たなければならない、ですね。

さて、13日の20時からはBS11「あのスターにもう一度逢いたい」の三波春夫特集を、どうぞご覧ください!

ではまた、来週金曜日に更新いたします。