2010年07月30日

私はデノミ論者です 4

「三波春夫でございます」より

 私はもう十何年も前から、このことを話していますが、もしデノミをやることになるとたいへんな金がかかるという方がいます。これは数字のあらわし方が小額になるので、日常生活のなかでも銭や厘という単位が出てきたりして、今ある証券・伝票から販売機からレジから、すべて変えなくてはならない。その費用は莫大だからできないという主張です。

<続きを読む>

三波春夫はこんなことも考えていたり、感じていたりしていた一面があるのでした。
ではまた、来週金曜日に。

2010年07月23日

私はデノミ論者です 3

「三波春夫でございます」より

 そのこと自体は、江戸の一両、明治の一円の価値をいうときも同じことかもしれません。

<続きを読む>

 三波の持論でした。
 ではまた、来週金曜日に。

2010年07月16日

私はデノミ論者です 2

「三波春夫でございます」より

 戦後インフレの為替相場をいまだに引きずっていることにはこんな心理的な問題もあります。

<続きを読む>

 戦前戦後を生きて来た人の実感なのでしょうね。
 ではまた、来週金曜日に。

2010年07月09日

私はデノミ論者です 1

「三波春夫でございます」より

 共産主義の崩壊から手さぐりの市場への移行へと迷走し続ける旧ソ連邦。そのなかのある共和国の議会が、下落し続けるルーブル貨幣の復権のために、一ドル一または二ルーブルに、その国だけでもデノミネーションの措置をとることを決議した、という話題が、新聞の外報欄に小さく載っていました。

<続きを読む>

 シベリアに4年間抑留された経験から、旧ソ連の共産主義を勉強せざるを得ないことになり、帰国後もずっと、ロシアの歩み方を注視していました。多くの抑留経験者と同じく、語り切れない様々な思いや考えと共に、だと思います。
 ではまた、来週金曜日に。

2010年07月02日

噫々二宮金次郎 6

「三波春夫でございます」より

 うちうちのことを書きましたが、正直のところ、私は、金勘定が苦手です。また、うまい儲け話の周辺には決して近づくまいと思っています。

<続きを読む>

二宮尊徳研究の本は沢山ありますものね。
ではまた、来週金曜日に。

2010年06月25日

噫々二宮金次郎 5

「三波春夫でございます」より

 この歌については、ほかにも小さな思い出があります。私の家内が、この歌のなかの「梅の花咲く小田原後に桜町へと旅立ちなさる」というあたりになるときまったように涙を流すのです。

<続きを読む>

 自叙伝「すべてを我が師として」に三波が詳しく記述したところがありますが、母は自分の両親と縁が薄い人だったので『専門職について自分で食べていけるように』という周りの大人達の計らいで、9歳で芸界に入りました。旅公演を続けながらの芸の修業は厳しくて、人の居ないところで涙をこぼす日々。でも、運命や環境に負けちゃいられないと、一人前の舞台人になるためにまっすぐに努力をしたのだそうです。何十年経ってからも、ふとした事でその頃の自分を思い出し、ジワーンと涙をためながら私にも思い出を語ってくれたことがありました。父は自らの経験と重ねながら、私以上にとても深く、母に共感していたのだと思います。
  ではまた、来週金曜日に。

2010年06月18日

噫々二宮金次郎 4

「三波春夫でございます」より

 借りた金は事業資金として、五年間は無利子。そして、返済をする時に、一割または二割の利子を、おかげさまでと、感謝の心をこめて返納という、情と理に叶ったものでした。ですから、みんな頑張って借金を早く返して仲間の期待に応えようと頑張ります。尊徳先生は、こんな素晴らしい制度を江戸時代に作ったのですから、まさに民主主義の祖であり、心温かな哲学者でもありました。

<続きを読む>

 「研究してみたところ、物凄い人物だった。これを世の中に伝えたい。皆さんの勇気の源にして貰えたら幸い」と、歌詞として書きまとめて、曲をつけて唄う。どう書いたらいいのだろうと苦心しつつも、恐らくいつもその仕事を心底から楽しんで実行していたのが三波でした。やがて出来上がった作品を新曲としてレコーディングする日を迎えるわけですが、このレコーディングという作業が本人の「一番好きな仕事」だったのでした。
  ではまた、来週金曜日に。

2010年06月11日

噫々二宮金次郎 3

「三波春夫でございます」より

そのうえ、この方は、江戸時代にぬきんでた経済学者であり、土木工学の権威でもありました。
 その「報徳仕法」や推譲金の制度は、現在の協同組合や信用組合の原点とも言えるものでしょう。

<続きを読む>

 「原点」は素晴らしかったんですね。
ではまた、来週金曜日に。

2010年06月04日

噫々二宮金次郎 2

「三波春夫でございます」より

 現小田原市栢山の没落した豪農の家に生まれた金次郎は、努力、陰徳、積善、節約という、哲学力行の末に身につけた実証的な合理主義によって、まず、わが家の再建を果たしました。

<続きを読む>

 金次郎像をもし見かけられましたら、このようなことを思い出しつつ味わってご覧ください(笑)。尊徳先生の偉業の説明はこの後も続きます。
 ではまた、来週金曜日に。

2010年05月28日

噫々二宮金次郎 1

「三波春夫でございます」より

「あれじゃあ、眼を悪くしちゃうよなァ」と若者が言ったという話を聞いたことがあります。

<続きを読む>

尊敬してやまなかった二宮尊徳さんのお話です。平成9年に開催した永六輔氏とのイベント『爆笑教養講座』の舞台の上に“柴を背負って本を読む金次郎像”があり、その前で永氏が三波に聞きました。  
 「きょう、三波さんが二宮金次郎について話をするっていうからこの像を置いたんですけど。なんで、この人は、歩きながら本を読んでいるんでしょうかねえ」
 「いえ、永さん、違うんですよ。金次郎さんは山で柴を取って来て、それを売った代金で本を買って、仕事を終えてから本を読んだんです。ですから、おなじみのこういう像は、それをいっぺんに表現したものなんです」
 これを皮切りに、三波による尊徳さんの話はエンエンと続き、客席は静まり返ったのでした…。
  ではまた、来週金曜日に。